ビッチなオタクの話

セックスが好きなオタクが色々な話をする。Twitter→ @_aya_sann

上下関係は自分が思っている以上に身体に染み付いている

自分は上下関係には敏感な方だと思う。

 

年上に敬語は当たり前。移動するときは先導をするか1番後ろを歩き、食事の場では常にみんなのドリンクを気にして、会話が盛り上がるよう合いの手を入れる。

 

仕事場では、自分が1番動いていないと気が気じゃない。常に何かやることがないか探している。

 

例えツイッター内だけの会話でも、相手に失礼にならないか、教えてあげようだなんて押し付けがましい言い方していないか、上から目線になっていないか、などと考えている。

 

こういうふうに並べ立ててみると気にしすぎな気もするが、多かれ少なかれみんなこういった気持ちは持っているのではないだろうか。むしろこの程度なら大したことないと思う方もいるだろう。

 

私はつい最近までこういった行為をしている自覚がなかった。

 

「あれ?」と思ったのは、とある外国籍の男の子と遊んだときのことである。

 

私は今まで何人かでどこかのお店に入るときは、私がドアを支えて、みんなが中に入ってから自分が入るようにしていた。

しかし、その子と遊んだときは、彼がドアを支えて、「レディーファーストだから」と言って私を先に店に入れたのだ。

 

そのとき、私は雷が落ちたかのような衝撃を受けた。

 

日本では年下だったり経験が浅い人、もしくは幹事がドアを支えるのが一般的に思う。たまに年長者でもそういう人がいる。

 

しかし、彼の育ってきた環境では、年齢は関係なく、男性がドアを支える。女性は何もしない。

 

私にとっての当たり前は誰かにとっての当たり前ではない。今さらそんな当たり前の事実に気付いたのだ。

 

もちろん知識として知ってはいたのだけど、実際に体験してみると、今まで何も知らなかったのだと思った。

 

その後も彼と遊ぶ中で、自分の中で当たり前になっていた上下意識がハッキリとしていった。

 

例えば空になった彼のコップに水を注ごうとすると止められることだとか。

 

狭い通路だと必ず先に行くよう促されたりだとか。

 

これらは全てとんでもない違和感とカルチャーショックだった。

 

私はまだここ数年で成人を迎えたような若輩者だ。だから自然と周りは年上ばかりになる。私の上下意識はそこでしこたま叩き込まれた。

 

相手を敬う行為として「お手数をかけないように」と色々気を配ったり、逆にへりくだったりするのは分かる。

 

しかし私の場合、いつからか相手を知る前から無条件に自分が下だと思い込んでしまっていた。

 

下だと思う分には周りに迷惑をかけないしいいじゃないかと考える人はいると思う。

 

確かにあまり迷惑はかけないけれど、自分が下だと思っていると、相手ときちんとした関係性を築くこともできない。

相手が気持ちよくなるような言動しかせず、自分は存在しなくなるからだ。

 

それに、本来は人間としてどちらが下だとか上だとかそんなものはないはずだ。

 

関係性は上下ではなく対等であるべきなのだ。

 

そんな当たり前のことを、理解しているようで理解していなかった自分自身に驚いた。

 

ちなみに、例に挙げた彼の行為も、対等であるかと聞かれれば私はそうじゃないと答える。

しかし、私の中に刷り込まれた上下関係とは別のものだったため、私は自分の中の刷り込みに気付けた。

 

自分の中のおかしな部分に気付くとき、必要なのは正解だけではない。

 

違う価値観にぶつかることが大事なのだろう。

 

今のところ、私の中の意識は全くといっていいほど改善されていない。

 

だけど、変えることよりも、自覚することがなによりも大事だと思っているので、焦ってはいない。